加齢臭
父が、70歳を過ぎた頃から、かなりはっきり独特の匂いがするようになった。
何か練ったものを全身になすりつけたような、へんに甘く、すえたような、お香のような匂い。ジジイ臭だ。
これに近い匂いは、昔の職場の相談役のじいさんが強烈に発していた。
そのじいさんの匂いはもっと強く、ねっとりしていて、父の匂いに羊の油脂をさらに練りこんだ匂いだった。
しかしじいさんは、いつまでも自分の話ばかり延々と話し続けるにもかかわらず、全く口臭は無い上、毎朝朝風呂に1時間、サウナに30分入っていた。
身だしなみ、清潔感、服装は色や柄、素材やその質に至るまで、こだわりの強い人だった。彼の触った書類からさえもはっきりとその匂いが判別できたので、彼から出る脂が匂うのだと思った。
要するに、不潔から来るものではないのだ。
結論として、酒池肉林の中、女体と権威と金を露骨に追い求め、暑苦しいばかりに行動的でエネルギッシュで脂ギッシュなじいさんだからだ、要は「ギッシュなじいさん」からあの匂いがするのだ、肉食と酒と加齢の混合物なのだ、と思っていた。
しかしうちの父は畑仕事や山仕事をし、玄米を食している好々爺で、ギッシュなタイプでは無い。肉もあまり食べない。
そんな父からどうしてあの練ったような強い匂いがするのだろう。
いろいろ調べてみたら、汗かきな人からも匂う、と書いてあった。
父は、物凄く汗かき。
それで匂うのだろう。
父から、じいさんの匂い。
もう父は、おじいさんなのだ。
東京オリンピックの時なんて、生きてるかどうかわからないよ、と自分で言っていた。その頃には、日本のじいさんの平均寿命を越えている。
父も、いつかは死ぬんだな、絶対に死ぬ。
そう思うと、今、もう少しできることはしておかないといけない。