今までの通信を削除した

今日の夕方、メッセージを送った

「今日はお仕事?お茶か、ご飯か、できますか?」

 

めずらしくすぐ返信があった

「今日は友達と会います」

 

悲しくなって畳み掛けた

「明日は?」

「仕事の準備があるので」

 

そこで、もういいや、って思って、今までのメッセージを全部削除した。


辛いときに、誰か一緒に居て欲しいって、それは甘えなんだろうか。


 

 

大切にされていないし、幸せを感じない

瘋癲さんから、全く連絡が来なくなってしまった。

 

私は大切なお客様が亡くなったこともあって、彼の声を聞きたかった。

 

電話しても、しても、出てくれないから、メッセージに

「お時間のあるとき、電話ください」

と書いて送信した。

でも、電話は来なかった。

 

次の日の午後、電話したら、出た。

書類を捜している途中だと言う。

お客様が亡くなったことを話すと、妙な間があった。

その間の感じから、彼に私の話を受け止める気が全くないことがわかった。

「あなたの施術中に亡くなった訳じゃないでしょう」

と言われて、

「そんなことある訳ないでしょう」

と笑った。

また間があった。苦しかったし、悲しかった。

「そういうわけで声を聞きたかったの。また連絡します、次はいつ会えますか」

というのがやっとだった。

 

その後、

「今日会えたら会う約束、行けなくなりました。書類は見つかりましたか?」

とメッセージしたけど、返信は無い。

 

返信。

「ありましたよ」

「見つかりません」

この程度の返信。

 

それすらも、来ない。

 

なんだか、疲れてしまった。

ほんとに、ほんとに、私のこと、どーーーーでも、いいんだな。

 

僅かな時間も取ってもらえない。

泊まる、食事する、お茶する

そんな時間は、取ってもらえない。

電話する、返信する

そんな時間さえも、もう取ってもらえない。

 

他に女性ができたのだろうか。

研究に目が向いているのだろうか。

 

一生懸命、否定したい。

ただ忙しいだけだと思いたい。

 

でも現実は、

「電話する時間も、返信する時間も、私のために、取る気は無い」

それだけだ。

 

悲しい。

寂しい。

でも、仕方無い。

 

最後に聞こうか。

聞かずに終わるのが良い女なんだろうと思う。

でも私は聞きたい。

なし崩しに無かったことにされるのは嫌。

 

聞いて、終わりにしたい。
傷ついても、自分で終わりにしたい。

 

 

少しずつ、遠くなる

久々の久々に瘋癲さんに会った。

 

と、いうのもまあ、

私が連絡したら、

 

パソコンが動かなくなったので家に来られますか?

 

という事務的かつ合理的な返事で、

 

家に帰る電車に乗っていた私としては、行くかどうか迷った。

 

瘋癲さんのような人は、放置すればしたで、恨みも何も言わず、静かになんとかしていく人だからだ。

 

ても、行きました。私はそういう時、行く人です。

都合が良い女と言われちゃうけど、行く人です。

だって、少しでも役に立てたら、嬉しいもの。

 

泊まるとなると準備がいるので、

「私、今夜は帰ったほうがいいかしら?」

と聞くと

「明日の朝は準備があるので・・・」

と返信があったので、泊まらない前提で、直行した。

 

パソコンは5秒で直った。瘋癲さんは極度にパソコンが苦手なのだ。

 

動いたー!ネットは繋がるかな?とパソコン机の前の床に座って言ったら、もう瘋癲さんの手が胸やお尻に伸びて来る。生理中だし、余所行きのワンピースを着ていたので拒否したが、蛸の足のように次から次へと強引に離さない。なんとか振り切って、ご飯に行った。

 

11時になっても「まだ何か頼もうか?」と、とってものんびりしているので、

わたしそろそろ帰らなきゃ、あなたも準備があるでしょう。

と言うと、

準備は明日朝、僕が勝手に起きてやればいいから。

と泊まるように促された。なんだそりゃ。。。。

 

早起きして疲れていたので、コンビニで必要なものを買い、着のみ着のまま泊まることにした。

 

シャワーを浴びにユニットバスに入ったら、今まで見てきた瘋癲さんのユニットバスの中で1番、汚かった。

 

どのくらい汚いかというと、描写を読んだらオエッとくるくらい、清潔好きな人なら間違いなく瞬時に帰るレベル。

 

彼はもう私のためにトイレの掃除さえもしなくなったんだな、と思った。

 

生理中だけどセックスした。彼は舐めて欲しがった。でも彼はシャワーを浴びていなかった。

 

随所に、慣れた感がはっきり見えた。

これから先ずっと付き合う人だったら、家族扱いになってきた、っていう解釈も出来るかも知れない。

 

でも瘋癲さんにそれが無い以上、私は取るに足らないものになったような気がして、何度も寂しく感じた。

 

「もう会えないかと思った」

「今こうして会っているじゃない」

 

この会話を何度もした。

 

それ以上に進まないよう、瘋癲さんが柔らかく、でも絶対に通さない壁を作って覆っていた。

 

瘋癲さんの性欲に任せたままのセックスはすぐに終わって、瘋癲さんはすぐ私の身体を離れて、目を閉じた。セックスの後のお話もしなくなったし、体も撫でてくれなくなった。

 

どうしてだろうって考えても。

 

人の気持ちは、わからない。

 

ただ、私の「好き」が。

 

掃除もしていないその辺の床に、放られていく。

 

そんな感じ。

 

私の「好き」を、よく見て欲しかったけど、大切にしまって欲しかったけど、瘋癲さんはその辺りに放るんだ。

 

それはコンビニのおむすびのラップや割り箸、コピー用紙や大量の埃と一緒に、

 

部屋の中で、ゴミと一緒に足の裏で踏まれていく。

 

そんな味気ない、訪問でした。

 

私が死んでも、また次の人を見つけるだけ。

私が居なくなっても、そっか、で終わる人。

 

でも、最初から「僕はセフレが欲しいんだよね」って言われたとしても、

私は彼の家に行った気がします。

 

完全に、火が消えるまで。

見ていたいです。私は。

 

気持ちが最後の息を引き取るところを、自分の目で見届けたいです。

 

 

 

 

それが価値観の相違

瘋癲さんが東北から帰って来た

電話をしたら出なかった

体調が悪くて・・・いましばらく待ってください

とメッセージがあった

 

暫くして電話をしたけど、また出なかった

折り返しも、メッセージも無かった

 

以前は必ず折り返しをくれたものだ

「これって、何なの?」

って言いたくなるときもある

 

でも瘋癲さんはこう思うだろう

やれやれ、僕がこんなに体調が悪いってのに、

自分、自分、

(あたしの電話に出て!返信して!)

なんだなあ、、、、

 

「女って、いつも、視点を自分だけに集中させようとするよね」

と瘋癲さんは言った。

ドライな男友達もそう言った。

 

だから瘋癲さんには

「どうして電話くれないの」

とは言えない。

 

どうしてって、

それが彼の普通、だからだ。

 

私はもっと相手に比重を置きたい。

でも彼は「会う=楽しむ」主義なので、

落ち込んだり、病気のときに会うという発想がそもそも無い。

 

どっちが重いとか、薄情という訳じゃなく、

 

そこが価値観の違いなんだよな。

 

私もそういうタイプだったら、瘋癲さんなんて、全く手のかからない、まさに理想の人だったろうな。

 

このまま連絡が来なくなるかも知れないけど、私は、別れるときにはそういい合いたい。

 

終わろうよって、はっきり言いたい。

 

 

 

 

 

思い通りのことを言って欲しい

身体のことをまだ引きずっている。

「あんた、こういうとき、グダグダ言うだけで何もしないよね」

と友達に言われたことがある。

悔しいから痩せようとか、なんとかして見返そうとか、そういう気力に結びつかない。

恐らく、そのままの自分を肯定してもらいたいのだと思う。

 

友達に母のことを話した。

「あんたはスタイル悪くないよ。そんな母親ろくな死に方しないよ」

そのとき、思った。そう来るだろうな。でも違う。母を悪く言って欲しい訳ではない。

そして

「あんたは醜くない」

と言って欲しい訳でも無い。

でも友達は私を立て直そうとしてくれる。

 

向こうから全然連絡の無い瘋癲さんに電話してみた。

いつの間にか、東北に帰っていた。

これから東北に帰りますっていう連絡も、来なくなった。

瘋癲さんは私の話を聞いてたけど、受話器の向こうからはあまりこの問題にかかわりたくないという気がやってきた。相槌でわかる。先を聞こうする相槌と、早く切り上げようとする相槌の違いは、電話では特に如実に出る。

瘋癲さんは安易に人を慰めるということを決してしない人だったのを思い出した。

あなたは、綺麗だよ、みたいなことも滅多に言わない。

一度言ったら、何かあるたびに人の傷を自分が埋めにいかなくてはならない。

瘋癲さんにとってそれは面倒なことで、

だから相手に自分を依存させるようなことは絶対に言わない。

 

そんな空気が無関心に立つ中、私は話している途中で嫌になってきて、

「まあそんなことがあったの」

でさっさと締めくくった。

そして瘋癲さんが逃げないよう、間を取った。

 

「あなたにわざわざそんなことを言うのは、もしかしたら、お母さんにも、何かあるのかも知れないね」

 

言葉を選んで瘋癲さんが言った。

 

あなたは私をどう思うの?綺麗?醜い?

私は決して醜くないと言って、誰が醜いといっても僕はあなたを綺麗だと思ってるよ、って言って。

 

そんな独り相撲が、失笑するくらい滑稽に見えて、そそくさと会話を切り上げて電話を切って考えた。

 

私は何を求めていたのだろう、相手に。

「違う」って思うくらいなんだから、言って欲しいことがあったはずだ、

ずばり、これを言って欲しいってのがある筈だ。

 

そして

「そんなお母さんと縁を切らないで、あんたは優しくて偉いから、将来きっといいことがあるよ」

と言って欲しかったのではないかと思った。

 

私は最近

「将来も大丈夫だよ」

と言われるのが一番嬉しい。

 

傷つくと、将来が一気に崩れてくる。

それを立て直したい。

できれば人に立て直して欲しい。

 

でも自分で立て直すしかないんだな。

 

自己肯定感が少ないと、いちいち面倒臭い。

流せない。一度傷つくと長く尾を引いて、他の人の言葉まで変な意味に聞こえてしまう。

 

さっさと誰かと寝たいけど、瘋癲さんは居ないし、いても素っ気無いし。

 

こういうときはどうしたら忘れられるんだろう。思いっきりまた何か書きなぐるかな。

 

こんなことがあったので、私はパートナーに何を求めているんだろうって考えてしまった。

 

思い通りの言葉を言って欲しいって。

 

陳腐だし、バカバカしいよな。

 

人で自分を埋めたいって思いが、全然抜けない。

 

抜けなくていいんだろうか。

 

こうなると全てが面倒臭くなって、死にたくなる。

 

頑張れ、頑張れ、まだ、死なないで。

 

お母さん、言わないで

母は、私を「たくましい」と言う。

 

子供の頃から、肩幅があること、腕ががっしりしていること、胸板が厚いことなどを悪く言われ続けてきた。例えばお古がまわってきたときに言う。

「ああ、ああ、何よ何よ、これも似合わないの?嫌ねえー、もうー」

新しい服を着た時に言う。

「太いわねえー、こう、ふっとーい、って感じ!これじゃ何も似合わない」

顔や髪の毛のことも言った。沢山言った。

だから私は小学生の後半くらいから、自分の身体と顔と髪、つまり見た目の全てを、非常に醜いもの、恥ずべきもの、人をがっかりさせてしまうものとして自覚するようになった。

 

母は私を見ると、何か言う。

 

今回のお盆は、3日一緒に居たけど、一日1度は何か言う。

 

「その太い腕も写真に撮っておいたわよ」

「今何キロ?普通の服は着られるの?」

「がっしりしてるわねえ、そんな体の女の人、いまどきいない体型よね」

ちなみに私は162センチの60キロ、服のサイズ11号。

母は150センチの68キロ、私の骨格は母の骨格に似ている。

母も逞しく、胸板や肩が厚い。

 

私はこれに対して何度も

「体のことは、言わないで」

って、言ってきた。

 

こんな私の体を、素敵って言ってくれる人もいる。

 

3年前、15年事実婚をしていた彼の長期二股が発覚し、

やっとの思いで母に電話して報告したとき、母は

「あら何よ。時間が勿体無かったわね」

と軽く言った。

全感覚が麻痺したまま放心状態で生活している私には、

「やっぱり、あんたまた失敗したのね」に聞こえて、私の何かが切れた。

 

やっとの思いで

「そんな言い方、ひどい」

と発声した後、そこで今まで我慢していた全てが噴出してしまった。

 

「おかあさんって、おかあさんって、どうしていつもそういう言い方しかできないの」

床を拳で叩いて泣きながら怒って、今までの母から言われた鬱憤を、昔のことも芋づる式にぶちまけた。

「体のことだって、私今まで何度も何度も、言わないでって言ってるじゃない、

私、傷ついてるって何度も言ってるじゃない、嫌だって言ってるじゃない、人を傷つけてそんなに楽しいの?嫌なの!嫌なの!!私は、嫌だって言ってるの!!!言ってどうなるの?楽しいの?嫌がらせしたいの?どうして通じないの?何度も何度も、私は、嫌だって、言ってるの!!言ってるの!!!言わないでよ!」

とかなんとか、もう思いついたこと全て、発作かと思うような引きつりで怒鳴って、そのまま渾身の力で受話器を電話機に叩きつけ、通話を切ってしまった。

 

母から「落ち着いて寝なさい」とメールが来て、私はその後2日寝込んでしまった。

 

さすがに母は、その後2年ほど体のことを言わなかった。

 

でもまた、言うようになった。通じないんだな。

 

なぜ言うのだろう、こういうとき私はどうすれば良いのだろう。

 

15日の夜、一人で帰宅して、それを引きずったまま今日買い物に行ったら、エスカレーター脇の鏡に物凄く太い、醜い中年女が毛をむしった猪のように立っていた。それが私だった。

 

あまりの醜さに絶句してしまい、それが心に刺さって動けなくなってしまった。

家に帰って鏡で自分を映してみた。そんなにひどくなかった。

うちの鏡が細く見えるのか、百貨店の鏡が悪いのか、どっちだろうと考えた。

そして自分の心理状態も良くないんだろうなと思った。

 

私の体は決して褒められた見た目ではないけど、丈夫で、しっかりしてて、ドイツ製の車のような良い身体だ。

 

醜さを責められたくない。

私は醜くない。

 

自分の名前を自分で呼んで、一人でまた、自分を書き換える作業をする。

身体は健康で、私の生活全てを支えてくれている。

 

醜くない。

醜くはないんだ。

醜いっていう人のことは、聞かなくていいんだ。

 

 

女の重さ

自分大好きな男友達(オッサン)が何人かいるけど、瘋癲さんと似たようなことを言う。

 

なにかを共有したいなと思う時、

あー彼女が欲しいな、と思うそうだ。

 

でも絶対そのうち重くなってきて、

私のこと見てる?

っていう縛りがうざったくなるそうだ。

 

もういいや、と思ったら返信をやめて、自然消滅させるそうだ。

 

基本は、一人の気ままな生活が良くて、

たまに。女を楽しみたい。

 

それって、本筋のセフレで、

彼女のバックボーンとか、そんなものはどうでも良くて、

「ねえ、今、気持ち良いね」

ってのを、したい。

 

したい時だけ、したい。

 

食べ物、風景、音楽、会話、セックス。

 

単発でもう充分だそうだ。

 

理解できない。

 

いろんな人間がいるんだな。。。。

 

私は、それじゃ淋しい。

 

それじゃ、満足出来ないんです。

 

瘋癲さんから、連絡が来ない。

彼は自分のことで手一杯になると連絡をくれない。

 

っていうより、ここ最近、私が必要無いからだろう。

 

どんなときに必要になるのかな。

セックスしたいと思うときかな。

 

セックス、だけなのかなー。