瘋癲さんに・再び

瘋癲さんにまた会った。

 

大好きな銘柄のお酒を入力し、

「頂いたのですが、召し上がりますか?」

と連絡したら、釣れた。

 

一番最初に、そして最後に食事をしたお店を指定された。

床にものをおけないような、大衆的な居酒屋だ。

久々の巨大な駅は複雑すぎて、地上に出られず、少し遅れた。

瘋癲さんは、奥のカウンターに座っていた。

 

マスクの下が老けているから、最初からマスクを外していった。

「こんばんは」

「やあ」

ああ、変わらない。

 

相変わらず、超絶浮世離れしていた。

週に2回しか働いていない。

どうやって生活を立ててこんな都心に住んでいるのか、皆目わからない。

私もめずらしく飲んだ。ビール、紹興酒、日本酒。

「まあ何年ぶりかわからないけど、こうしてあなたとまた楽しく話ができるというのは、嬉しいことだね」

と瘋癲さんは言った。

「わたし、あんなメールを送ってしまってしまって、がんばったんだけど、だめだった。私と同じように私を愛して欲しくなって、自分でつぶしてしまった。そうならないように、がんばったけど、だめだったなあ」

「まあ、だめとか、そういうことではないよ。女ってのはそういう生き物だから」

 

お互い、異性についての近況は話さなかった。そんなことは、どうでもいいんだ。

研究の話。事件の話。狂気の種は誰にでもあって、ほんの少しのきっかけでそれが表出される可能性を忘れてはならない話。

「本はいつ出るの」

「3月か、4月。春だね」

「一緒に考えたあの一文は」

「あなたはよく覚えているね、あれは難しすぎて、無視している」

 

話尽きることなく話している中

「なにはなくとも、こうして生きていることが一番大切だからね。あなたも養生しなさい」

と言っていた。狭いアパートから、殆ど出なかったという。

「来年は、西へ住もうかな。ほら、貧乏な人が住むところ」

「西成?」

「そう。ああいう、3畳くらいの、安いところへ」

 

会計は、1000円くらい瘋癲さんにあてて、あとは私が出した。

巨大な駅の改札まで送ってくれた。

 

春。春になったら、出入りしていた大学とも縁が切れて

そしたらすべての奨学金や学割が無くなる。

そしたらあなたはどうするのだろう。

 

「あんまり酷い事が続くと、僕は大きな声を上げて走り出して、そして田んぼで野垂れ死にするよ」

「それはいつの季節の田んぼなの」

「稲刈りが終わった後だな」

 

私は土方巽を思い出した。

 

来月、たぶんまた別の良いお酒がやってくるから、

そしたらまた何かご馳走するよ。

たんぱく質を摂って、養生してよ。

 

また、来月ね。