雨の日には雨の時間が

今日は久々のお休み。

家にいるのが好きな私にとって、お休みの雨は嬉しい。

午後から、休日向けにためてあった用事をやっつける。

修理が終わったブーツを修理店から引き上げる、12ロールのトイレットペーパーなどドラッグストアでの買い物をする、振込み、などなど。

大荷物を持って、帰りに喫茶店に入り、雨を見ながらコーヒーを飲んだ。

深い緑が目によく映り、今、これが幸せ、なのではないか、と思った。

私は一人で歩いていても、息子と別れた時のことを繰り返し思い出して、涙することがよくある。

今日も傘をさして歩きながら、小さな傘を持ってヨタヨタ歩く子供たちを見ているうちに、息子のことを思い出した。

あの頃は、なぜあんなに怒ってばかりいたのか。

命を差し出すように私にくっついてくる、必死の息子の顔が浮かぶと、辛くなってやっぱり泣いてしまう。

で、今更バカだなあ、と思う。

今泣いて何になるんだ、息子はもう元気に育って、あんなに大きいのに、2歳3歳のことなんて忘れて、覚えているにしろ思い出す暇も無く、本当に楽しくやっているのに。

だから泣くよりも、もっとお金を稼ぐとか、豊かな人間に成熟してゆく様を見せられるように頑張るとか。

あの落とし前をつけるとしたら、そうやって生きてゆくしかないじゃありませんか。

そう考えながらの、休日。

息子は今日も遠い高校までの上り坂、自転車を漕いでいるだろう。

雨だったら、カッパを来て漕いでいるだろう。

それだけで、もう十分幸せな気がする。

きっとこんなに泣けるのは、何かに疲れているからだろう。

今日はゆっくりお風呂に入って、眠ることにいたしましょう。