丸腰

私から会いたいと言うのを止めると

瘋癲さんから連絡が来るようになった。

 

恋愛本にもそうやって書いてある。

その通りになるんだな。

私の気持ちは変わらないのに、笑える。

 

ただ私は、邪魔そうにされるのが嫌だから、腹をくくっただけだ。

 

そんな訳で今日も瘋癲さんから連絡があって、瘋癲さんの仕事場の町まで夜ご飯を食べに行った。

 

私の職場から1時間かかった。

 

私たちは海の匂いが生ぬるく押し寄せる裏道で、安い居酒屋に入り、小さなゴキブリがフナムシかと思う数と自由度でカウンターをうろついているお店でご飯を食べた。

 

普通の女性ならアウトだし、虫が嫌いな人、または清潔好きな人もアウトだ。

 

でもゴキブリたちは注意深くカウンターの奥を歩き、私たちの邪魔をしなかった。私は虫を観察するのが好きなので、皿の下から現れた彼らが、大きく張られた触覚を細かく震わせながら左右に動く様子を見ていて飽きなかった。

 

普通の女性なら

「こんな店!あたし大丈夫にされてない!!」

って言うだろう。

 

私は、別に良い。

瘋癲さんと話が出来れば良い。

会話が聞き取れるくらいの店なら。

 

大事にされてなくても良い。

こうしてたくさんお話しできるなら。

 

今回で会えなくなるかもって思いながら会う。

 

明日仕事があるから、今日はあなたの家には行けないけど、と最初から鍵を刺してきた瘋癲さんが、

「明日僕を10時に起こしてよ」

と言った。

「??電話で?」

「あなたの家で」

「明日仕事があるんでしょう、帰りなさい」

 

瘋癲さんは以前私と楽しく時間を過ごしていたら、仕事先の約束をすっぽかしてしまったことがある。

 

またそんなことにはしなくなかった。

 

あなたの家に帰りなさい。

よく、言えましたね、わたし。

 

あっさりと駅で別れてきた。

わたし、振り返らない。

 

着いただの、楽しかっただの、メールもしない。

 

瘋癲さんとはそのくらいじゃないと、溺れてしまう。

好きだから。

 

わたしの

好き

は。

重いんです。

 

あなたの負担にならないように

極限まで間引きしながら。

 

おやすみなさい。