朝まで

仕事が終わって、瘋癲さんの家に行った。

初めて彼の体にオイルマッサージをした。
瘋癲さんは不眠症だ。
私の理想の物語としては、そのまま寝て、朝になって、

オイルマッサージは、いいね
(あなたは凄いね)

だった。

オイルマッサージが終わって(ありがと、気持ち良かったよ)瘋癲さんがとても静かに横たわったままになっていた。

寝たんだ、良かった。

私も歯磨きして寝ようと物音を立てないように身支度をして、布団に入ったら、瘋癲さんがいつもの暖かい腕を伸ばして私を引き寄せて、セックスが始まってしまった。

「寝ないの」と聞いたら「寝るよ」と言うけど手は止まらず、結局最後まで、した。

オイルマッサージの後の射精。

これは爆睡が期待できるな、と思って、安心して寝た。

夜中にふと目が覚めて、静かな寝息の瘋癲さんに話しかけた。

私たちは何度も目を覚ましながら眠るのです。

「深く眠れて良かったね」
「俺一睡もしてないよ、息が静かなのは寝ていないから」
彼は無呼吸症候群なので、深く寝るときは呼吸が荒れるのだ。

「こんなときは、昔の良かった時代の風景を思い出すと、心が安らぐんだ」
瘋癲さんは獏のような口調で夢見るように言った。

「昔って?」
「例えば、小学校のとき。まわりの大人に愛されて、生きているだけで喜ばれていたとき」

私はそんな記憶が無いので、自分のことを話した。

代わる代わる話しているうちに朝になった。

あなたも寝なさい

自分が眠くなった瘋癲さんは私を押しのけて入眠に移った。

彼は眠くなるのをじっと待つのだが、いつまでも眠くならないので、お酒を飲み出してしまう。極貧なくせにお金のかかる人だ。

朝10時に目が覚めて、昨日はあなた起こされたから、と言うのにいささか驚いた。

瘋癲さんが話し出したのよ、と言ったら、瘋癲さんの記憶の流れでは私が起きて話し出したらしい。

トリガーは瘋癲さんだと思うんだけどな。

でも私は瘋癲さんの声とおはなしがとても好きなので、彼の隣で彼の声を独占できるのは嬉しい。

寝ているときに触れた場所を触ると、触り返してくれるのが嬉しい。

差別の話、言葉の話、詩人の話、貧乏の話、子供の時の話、宗教の話、男女の話。

次はいつ会えるかな。

今日も、頑張るね。

不眠症 #無呼吸 #声が好き