泳いで行け、きらきらした清流を

正月なので、息子がやって来た。17歳。

濃い紫とベージュの配色のマフラーをしていた。

「いい色だね、みっちゃん(元夫の妻)が買ってくれたの?」

と聞いたら、「え?ああ」と言った。

その時の顔でわかった。

女の子からの、プレゼントだな。

鞄から出した手袋は、凝った網目の、落ち着いたデザインで、ミトンがフードのように外れるようになっているものだった。

これで確定。ふうううん!ニヤニヤ。



話をしている中で不意に息子が「俺、彼女できたんだ。人生初彼女だよ」と言った。

「マフラーで、すぐわかったよ。やさしくて、自分ゴリ押しをしない子だね、育ちが良くて繊細ないい子だね」

と言ったら息子が「どうしてわかるの」と言った。

私は世界一得意気な顔を隠さず、「女親の洞察力!!」と言った。

彼女の家族のことを聞き、文化部の彼女の話を聞き、なるほどなるほど、と思った。

私がからかわないので、息子は自分が彼女にあげたプレゼントの一部を見せてくれた。

それはパッケージの写真に彼女の顔を貼り付けてラッピングを工夫した雑貨だった。その他に二つは、日常に使えて、綺麗で、使う度に(あなたを思い出して)嬉しくなれるプレゼントだった。

この2人は、いいな。結婚してもいいかもな、と私は思った。(流石に言わなかったけど)

その後の大学入試の話で、息子が「俺、なんだかんだ言って、ちゃっかり全部上手くいく気がするんだよ」と言った。

(そりゃ全く冒険せずに安全圏しか狙わなければ、同然だろ)と思いながら

「受験が?」と聞いたら、

「いや、今後、全部」と言った。

その時は、何かが麻痺して、なんと返事を返したか覚えていない。肯定したのだろうか、否定したのだろうか。


帰り際、息子が「お母さんは再婚しないの」と聞いてきた。

「あなたが高校になったとき、って言う話もあったけど、お父さんの再婚話があったから、その上でこっちも再婚なんて言ったら、辛すぎるなと思って。

じゃ、大学に入学したら入籍するか、って話もあるんけど、色々と一人暮らしや環境も変わってごたごたしそうだから、、大学生活を満喫した頃、二十歳になったらどうかって話が出てる」

と話した。

色々あった結婚話のゴタゴタは、言わなかった。

「そっか」と息子は言い

「俺はお父さんの再婚と妊娠を乗り越えたからね」

と言った。

いつものようにホームで話しながら時間になる。新幹線が滑り込んで来る。

息子が荷物を持って新幹線に乗り、私がゲートによりかかりながら、窓を覗き込み、目で最後の別れをする。

発車の合図があって、窓の中の息子が左に移動してゆく。最後にもう一度目を合わせて。

つやつやした白い車体が目の前を横切る。私の全神経が、どこまでも糸を伸ばすように息子の窓を追う。

窓から顔を出した車掌さんが横切ってゆく。心の中で「よろしくお願いします」と手を合わせる。


遠くの星のように最後の光が見えなくなるまで見送ると、私はそのままちょっとだけ泣く。

たいてい、次の新幹線を待っている人が、興味深そうに私が目のまわりをこすっているのを見ているんだけど、それは無視して歩き出す。

そして、そのあと何日かは凄く落ち込むのが恒例だった。



でも今回は全然泣かなかった。

自分でも、何かが違うぞ、と思った。

家に着いてから色々と考えた。

彼女の話。2人の交換したプレゼント。素敵だ。

特別な異性として向き合う新しい関係。性の違う相手とのエネルギー交換。

「なんでも上手くいくような気がする」という根拠の無い自信。
素晴らしい。素晴らしすぎる。私は、息子を、まさしくこういう感覚を芯に持つ人間に育てたかった。

そのままじゃないか、がっちりじゃないか。

そして「お母さんは結婚しないの」「俺は再婚を乗り越えたからね」の台詞。



お前さんにはこの瞬間がわからないだろう、ついに、私を切り離して、行くんだねえ。

行くんだねえ、自分で。


嬉しい、なんて綺麗な力、なんて綺麗な清流。

泳いでいけ、上流に向かって、死ぬまで、自分の力で。

お前さんの持つ、きらきらした清流を。



それとも、そうか、

私が、お前を、手放すことができたのか。

私も、放たれたのか。綺麗でどこまでも続く水の流れに。




これで私も生まれてはじめて感じられる、

色々な力、息子を守ってくれて、ありがとう。

息子、ありがとう。



ああこれで、やっと。

生まれて来て、良かった。