ギドン・クレーメル(サントリーホール)・2

才能も関係するのかも知れない、財力も関係するのかも知れない。

でもそこにあったのは、人生の全て、日常の生活全てをそれに捧げる、その為にどんな些細なことでもそちらに方向を定め丁寧に揃えようとする、彼の努力の美しさだった。

全てが世界で一番細かい規則に則り、滑らかな髪の毛のような背骨を持ち、立ち上がり、なびき、渦巻き、消えた。精密な規則だった。

これを目の当たりにしたら、もう恥ずかしさに死んでしまうか、力のかぎり自分の何かを差し出して祝福するか、どちらかしかなかった。

私は彼に深く頭を下げて、泣いた。実際は頭の上に手をかざして、力一杯拍手した。

努力と集中力。

それだけなんだ。

本当に何かを達成しようとするなら、そしていつも同じところにゆきつけるようになるには。

「楽しんで」とか、そんなことは、もう完全に間違っている。

研ぎ澄まされたその世界は、感情なんて無い世界だった。

私は自分をしみじみ振り返りながら、もうひとつ残った違和感について考えた。

それは、行為の全ては他人の評価で計るのでは無く、感情を取り去った自分の感覚が全てだということだった。

色々考えるうちに、私には人生を掛けて着手していることは過去にも、現在にも何も無かったんだな、と思った。

何かに人生を掛けるような生き方にあこがれていたけど。

どんな条件下でも揺るがない基礎の地盤を日々厚くしてゆくこと。

その上に吹き上がり、変化してゆくものの、本当の美しさ。

せめて日々をもっと真面目に、集中することに気をつけて生きるようにしよう。

ただ広がるだけの、平凡な生活だけど、こうして、すばらしい機会があったのだから。