立場、おわかりですよね?→わかったわ!!

今働いている組織は、歩合制。最低賃金の保障はされている歩合制です。

施術者は小さい個室を一人で受け持つ。

店は極めてシンプルで、立地が良い。特になにもしなくても、ある程度は人が立ち寄る。

お客様が立て込んだときのタイムラグは10分。汚れたタオルはベッドの下に押し込む。

音楽は外から聞こえてくる洋楽。

まあ、ヒーリングミュージックって好きじゃないし、たいした設備でもないところに質の悪い音であんな催眠術みたいな曲が流れるよりはずっと良い。

要するに、癒しの空間とは程遠い、飲食で言えばビニールクロスでテーブルが覆われ、その上にソースやしょうゆが並び、スポーツ新聞やテレビがあるような定食屋さんだ。風俗で言えば・・・・いや、言わないけどね。



初日、気になることがいくつかあった。

まず備品が全て安くてボロい。

違うよ、安くてボロくても、磨いてあればいいんだ。

でもここの店の備品はただボロい。

皆が粗末に扱っているボロさ。いろんなものが薄汚れている。

こういうお店、けっこう多い。

真剣に掃除しないと、高い設備でもボロく見える。

従業員の愛が無いお店なんだな、と思った。

立地がいいからこの部屋を借りて施術してるんですー、以上。

皆、そういう感じで働いているんだろう。

完全歩合のスタッフ曜日制だから、当然かも知れない。



受付のサイン表示が、大きく曲がって貼ってあった。

そこから外壁看板用の両面テープが大きくはみ出ている。

さすがにこれは気になった。

だって、顔ですよ、これ。

つけまつげが目にぶらさがってる状態のセラピストがいくら気取ったって、やっぱり疑われますよ。

−これ、気になります、と初日にオーナーに言った。

気になりますよね、とオーナー。

−私、なおしましょうか?

−そうですね。

会話はそこで終わった。

次の日、私はバックにスクレーパー、ベンジン、ぼろ布と、スクレーパーをコンコンする金槌と、外壁用両面テープを鞄に入れて早めに職場に行った。

オーナーはあまりサロンに来ない。

新人として、断りを入れておくのが良いなとオーナーに連絡した。

−おはようございます。例の曲がった看板、業務時間外になおしても良いですか

すると意外な返事が来た。

−金盥さん、あなたにそのようなことが言える立場じゃないってこと、ご理解いただけませんか?まず自分の業務に集中していただけませんか?



??????

立場?立場?立場?

私は「店のロゴマークを替えましょうよ」「うちの会計システムをバージョンアップさせましょうよ」と言ったのでは無い。

今ここに、曲がってついているサイン表示を真っ直ぐにしたいと思っただけで、

それが脚立を使ったり電気工事に関わることでもなく、

ただそこにしゃがんで、剥がして、貼りなおす。

しかも業務時間外の話だ。

それってゴミを拾う感覚と何が違うのだろうか。

むしろシモジモの者がすることだと思ってたんだけど。

それとも「客の体のこと以外一切考えるな」ってことなのだろうか。

オーナーに聞いてみようかと思った。

でもオーナーのメールから、あきらかな牽制感がメラメラと感じられたので、じゃ、それでいいや、と思った。

そういう店なら仕方無い、毎日曲がった看板見て仕事するわ。

精神的にあまり良い影響では無いと思うけど。

私は自分の個室のベッドサイドにダビンチの小さい絵を置いた。

曜日担当の個室になるから、ちょっと小部屋に工夫をしたかった。

前働いていた歯科医でも、ドクターがユニットごとに患者さんが安心できるように工夫していた。

花。本。オーナメント。写真。

私はそれがとても素敵だと思っていた。

ドクター一人一人の個性は違うけど、それぞれの美意識と、それからもちろん、患者さんに対する、愛に溢れて。

鞄に入る植物を持って来たかったし、中でアロマデュフューザーを使うのはどうだろう、小さな照明を足しても雰囲気が変わる。オーナーに相談しようと思っていた。

でも今回の一件で、全て無理な感じがしてきた。

オーナーの言う「業務」って、なんだろう。

どんな劣悪な環境でもお客さんを完全に満足させる技術を持つのが先なんだよ!
細けえことはそれから言え!!

ってことかしら。

うん、それも確かに一理あるわ。かっこいいわ。

いつか読んだ、波打ち際に椅子を置いて髪の毛を切ってた理容店のお母さんの話を思い出した。

そうね、わかった。私もこの店ではその路線で、頑張るわ!!