「頑張ってるから、大丈夫だから」

一緒に生活を始めて10年になるパートナーに、大金を貸している。

大金を借りる人の例に漏れず、大丈夫、頑張る、と言いながら、何年も、何年も、一向に返さない。

約束をした日に催促するのはこちらだ。彼から返済できない旨を切り出して来たことは一度も無い。

こちらが何も言わなければ何も無いような涼しい顔をして平気な顔だ。

君は心配性だなんだから、俺には守護神がついているから、大丈夫だ、俺は金の成る木なんだ、香港の占い師にもそう言われたんだ、と言う。

ああ、もめごと。このひと波さえ、うまく乗り越えさえすれは、後はほら、何事も無かったように、凪が続くのさ。(俺だけの凪だけど)

返済約束の日になる。何事も起こらない。

約束はどうなったの、と聞くと、あっ、ちょっと待って、と言う。

ちょっとって、いつ?と聞くと、ちょ、ちょっと。今頑張ってるから、と言う。

口約束の先送りは本当に気分が悪い。ずるい。人間としてどうなのか?

しかし私は、粘り強く彼の出方を見守ることにした。

理由は、今、貸した額面を必要としている訳ではないこと、

感覚的にお金に暢気な人を矯正するには、何年もかかると思ったことと、

そして、その人の本当に苦手なことを口うるさく攻め立てても、あまり効果は無い、と考えているから。



去年の今頃、彼と向き合って話をした。

私が貸したお金を本当に必要としたら、どうするつもりなの、と聞いた。子供が大学受験の時は、本当に返してもらわないと。

−大丈夫、そのくらいの金、いざとなったら俺の積み立てて来た保険から借りて一括で返せるよ、と断言した。

あー、なんだか夢見がちな返事。

だったらどうしてそれくらいの金を、今まで一括で返さなかったのか、非常に疑問だけど、それならそれでいいや、と考えた。

今月、彼に貸したお金を必要とする事態が起きた。

事態を説明し、という訳ですぐ返して、と言うと、ちょ、ちょっと待って、調整するから、と言う。

ちょっとって、いつ?と聞くと、今忙しいから、4月7日以降。と言う。

駄目。すぐ必要なの、あなたの「ちょっと」と「頑張る」ではいつになるかわからない、明日保険屋さんに電話して、言ってた通り、お金を調達して、と言うと、それはできない、と言う。

どうして、と聞くと、利息がつくから、と言う。

当然こういう話の流れになる。

−じゃどうして去年の話し合いで、できるって言ったの?



この会話の間、私は、なんとか話をごまかそう、ごまかそうとする彼の首根っこを、いちいち掴んで引き戻さなければならなかった。

今まで、こういう作業にどれだけエネルギーを使っただろう。

ありとあらゆる隙間に逃げ込んでこの話を無かったことにしようとする彼を引き戻しながら、私は悲しかった。

10年ですよ。

最後は、おう、これで全額だ!長い間済まなかったな!そうやって笑顔で返してくれるのだと。

そこまで成長していると思って、見つめてきた。

甘かった、何も変わっていなかった。

私に借りた大金は10年もの間放置し続けて平気なのに、何度も約束を平気で破って来たのに、この後に及んでまだ逃げようとするのか。

私はウナギのように逃げ回る彼のドタマを押さえつけ、俎板に打ち付けるようにして、月曜に保険屋さんに電話するという約束をさせた。

約束!

そんなもの、三歳児とするものと何が違うのだろう。
馬鹿馬鹿しい儀式。でも約束しなければ事は進まない。
しても進まないんだけど。



それが昨日の話だ。

今朝、玄関で彼を送るとき、今日、忘れないでね、と話しかけたら、−何?と本気で忘れている。

保険屋さんに電話するんでしょう、と言うと、心ここにあらずという顔で、わかったよ、と言う。

多分彼は昨日、自分のプライドを守るのに必死で、自分の言ったことを全く覚えていないのだろう。

そして、いつもそうなのだろう。殴られ続ける弱者のように、キラキラした幻想の中で。

これさえ終われば、今さえ終われば。

今日の夜遅く彼から、今日は事務所に泊るからね、電話があった。

明日7時に起こしてね、と切ろうとする。

ああ、やっぱり、逃げることしか考えていないんだ。

ね、私に言うことあるでしょう、とたたみかける。

あ?ああ、保険のこと、保険は・・・・ここから急に声が小さくなる。

何?聞こえない、もう一度、はっきり言って、を2回繰り返したら、

100万200万という単位で、保険屋から金を借りるのは、やめることにしたよ。

と言う。その口調からわかる。

電話していないんだな。

ああ、逃げる逃げる、まだ逃げるのか。追いかけるしかないのか。いつまで?

じゃどうするの?−毎月支払うよ。

年内に全部支払えるの?−支払うよ。

支払えなかったらどうするの?−そのときは会社に借りて、返す。

出た、最後は毎回、同じ作戦。じゃどうして今、会社からまとめて借りないのだろう。



そしたら彼が、ちょっとお願いがあるんだけど、と言う。

何?−携帯代、払ってくれないかな。

−私、お金を返してもらわないと、もうお金が無いのよ。少しでも振り込んでくれたら、そこから払えるけど。



そうしたら、彼が、意外なことを、意外なトーンで言った。

−何だ、じゃ結局俺が払うのか。

私は聞こえない振りをして言った。

明日の朝は何時に起こす?−いや、もういい、一人で起きるから。

彼は明らかに気分を害している。私に、たかられてると思っている。

彼は、身構えている、私に。

私は、ハゲタカですか。金の亡者ですか。俺は、自分の身は自分で守る、そうなんですか。

私は、もう駄目なんだなと思った。

面倒臭い、何もかも面倒臭い。

本当なら、お金はどうでもいいから、別れましょう、と言いたい。

でも言わない。言えないほどの大金だから。これは子供の教育費として溜めてきたお金だから。

借金を全額返済してもらうまでに、多分彼は私のことを嫌いになるだろう。

嫌われてもいい。

私は、(愛という名の安易な)善意に甘え続けた挙句、

ツケの清算になってからチマチマと逃げ回る人間との関係は、終わろうと思う。

彼とは、今年一杯のお付き合いになりそうだ。

私の中ではもう、あなたが、もうこんなにも遠のいてしまった。

ああ、火が消えてゆくのを感じる、ひとつの小さな生活が終わりに向かってまとまろうとしている。

暗くなってゆく、さようなら、大好きだった人。

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